人間は、地球上の資源を恩恵として利用し、また多様な生物たちと無縁では過ごせません。
豊かで便利な暮らしが当たり前の現代は、そのことを忘れてしまいがちです。近年多く聞かれるようになったシカによる農作物被害等の問題は、人間と自然とのつながりについて考えさせられるテーマです。
海外ではジビエ料理の一つとして食されるシカ肉ですが、日本の家庭では牛豚鶏肉ほど身近ではありません。
しかし実は日本でも、古くから肉が食され、毛皮も利用されていました。資源として高い価値のため、昭和初期までに捕り過ぎによりニホンジカが絶滅寸前となったため保護政策が実施されました。その結果、各地でシカの増えすぎによる被害が深刻化し、2010年度の農作物被害金額は約77億5千万円。また多くの植物を食すことで森林機能が低下、生息する多くの動物にも影響を与えています。
近年、捕獲したシカ肉の普及活動が進む兵庫県立大学准教授 横山真弓氏によると、ニホンジカが増えた原因は、繁殖力が高い上に人がシカを捕獲しなくなったこと等があげられます。現在兵庫県では、年間約3万5千頭のニホンジカが捕獲されますが、今後数年間は3万頭以上の捕獲を続ける必要がある(絶滅の危機もない)と予測されています。
捕獲したシカを食用にする取り組みもされていますが、これまでは野生動物の肉は家畜のような法規制がなく、各自治体が独自で基準を作っています(厚生労働省では報告書をまとめ、近く指針を出す)。ニホンジカは、家畜と比べても人獣共通感染症は少ないのですが、野外での解体処理は食中毒菌に汚染される原因となります。
兵庫県ではシカ肉の衛生的な処理方法等を示したガイドラインを策定し、ガイドラインにそった食品は、兵庫県認証食品として認可されます。認証ブランド「丹波姫もみじ」は、3年間トレースバックできる体制で安全・安心の確保に取り組んでいます。また兵庫県は「ニホンジカ有効活用研究会」で、生産から流通方法の検討、料理講習会などの普及活動も実施しています。
■ ハンター不足や狩猟文化の伝承など、課題も山積
このように普及の動きは活発ですが、根深い問題もあります。各自治体は、猟友会などに捕獲を促していますが、現実は捕獲されたシカはほとんど廃棄されてきました。というのは、家畜と異なり一頭あたりの肉の量が少なく手間がかかり、仕留めてすぐに適切に血抜きしなければ肉質が低下するため、狩猟と解体処理には高い技術が必要です。
また猟師の高齢化が進み、技術や倫理感の伝承の場も減っています。環境省は、ハンターの役割についての理解と育成を進め、年々捕獲数は増加していますが、毎年増える個体数すら捕獲できないため減少傾向は見られません。
■ 一皿から命をいただくこと、自然とのつながりを感じたい
「丹波姫もみじ」の藤本裕昭氏は「現状は、シカの数を減らすことが優先されていて、食べることを前提にされていない。一つの命を奪った以上は、無駄にせずきちんと最後までその命を活かしきれるようにしたい」と話されたことが印象に残りました。
都会で暮らす私たちには何もできないように思いますが、これからジビエがおいしい季節ですし、加工品なども流通していますので、シカ肉を見かけたらまずは一度味わってみましょう。
適切に処理されたシカ肉はおいしく、低脂肪・高タンパク、鉄分も豊富と、栄養面でも注目されています。そして、皿の向こう側にある命や、人の暮らしと自然とのつながりに少しでも思いを寄せて、おいしく、有り難くいただきたいものです。
*参照:兵庫県森林動物研究センター、丹波姫もみじ、狩猟の魅力まるわかりフォーラム(環境省)